読書日記

平成16年4月〜6月

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「取調室の心理学」(浜田寿美男・平凡社新書)

「甲山事件」を知っていますか?知的障害児の入所施設で二人の子供が溺死したという事故が、殺人事件と間違われて、施設に勤める保母が逮捕され、刑事裁判に巻き込まれて、25年ものあいだ翻弄されつづけたという事件です。そこでは知的障害の子どもたちの目撃供述が最大の争点になり、あわせて逮捕された保母が厳しい取調べのなかで一時自白したことも大きな問題になった事件です。

この目撃供述にも自白にも取り調べの問題が深くからんでいる。取調べの結果は、取調官の録取した調書が提出されるだけで、そこでどのような取調べがなされたのかが、まったく見えないのが実状。過程が見えないまま、出てきた結果だけでその真偽を判断することが、どれほど難しく、また危ないことなのか。そのことを、他の事件「帝銀事件」[広島港フェリー甲板長殺し事件」「野田事件」も例にして語られていく。

本書では「取調室の謎」として、確たる証拠にもとづかない疑いからはじまって、この疑いが、犯罪への憎しみ、犯人を逃がすことへの恐れや不安、そして職務への熱意や組織としての面子を栄養にしてふくらみ、やがて確信にまでいたってしまう。かくして証拠なき確信が取調室のなかで強力な磁場として渦巻くようになると、そこから嘘の自白がひきだされ、歪んだ供述が生み出され、ときにはまがい物の証拠が作り出される、ことが示される。

多くの「冤罪事件」では、容疑者が一度明かした自供をどうして後で否定するのか不思議でならなかったが、本書を読みおえてみて「ありうる話なのかな」と思わせられた。
新しく「裁判員制度」が導入されるとなると、提示された証拠にたいする「合理的な疑い」を大切にすること、そもそも「取調室の謎」が生まれない、録音・録画による取調べの可視化の手立ての導入が必要なのだと強く感じた。(6月30日(水))



「相撲部屋24時 おかみさん奮戦記」(中澤嗣子・講談社+α新書)

十両以上の「関取」になれるのは100人に8人の割合。現在の相撲界で、稽古の厳しさでは5本の指に入るといわれる中村部屋の「おかみさん」が、新弟子教育の葛藤から関取誕生の喜びを語った書。

いろいろな「おかみさん」がマスコミを賑わせてきたが、著者は「突貫小僧」の異名をとった元関脇富士桜と結婚した当時は珍しかった女子大出の「おかみさん」。相撲界の新弟子養成の仕組みを紹介するなかで、「中学卒の新弟子をとって、心身ともに柔軟な時期から相撲部屋で生活させ、時間をかけて親方が理想とするよい力士に子を育て上げるべき」という持論を展開する。

以前、中卒新弟子の入門一年間を取り上げたNHKのドキュメンタリー番組を見たが、本書では親方の時代の中卒の子と今の子の違いには触れていないのが「ちょっと」というのが読後感。 (6月20日(日))





「ニッポン発見記」(池内紀・講談社現代新書)

「人間の本質は移動にある、とパスカルは言った。函館はガンガン寺から院内の石橋まで、未知の風景を訪ね、共同湯につかり、旅の自由に誘う16編」

著者はドイツ文学者であるが、「世界は日ごとにコンピュータとテレビのブラウン管に縮小されていくようだが、ほんのちょっと好奇心をはたらかせば、旅の自由があり、道の光景がある。おりにつけ、それをつづってきた」。4冊前に読んだ「ひとり旅は楽し」が理論編、本書が実践編にあたる、という。

それにつけても、思いのほか早くひと仕事終えた、あるいは急に予定があいた、といっていそいそと立ち上がり、リュックを背にして旅の人となる。小さな旅と侮るなかれ、著者の深い学識・雑学・薀蓄をかたむけた紀行文の豊饒さは、さっさと読み飛ばしてはいけない。滋味をゆっくりと汲み取る読書術を駆使しないともったいないのだ。
著者のどの紀行文を取り上げても、忙しい旅程のはずがゆったりとした時間の流れを感じさせてやまない。羨ましい能力と言わざるをえない。 (6月10日(木))



「定年後をパソコンと暮らす」(加藤仁・文春新書)

定年退職後の生き方をテーマに長年取材してきた著者が、パソコンを活用して充実した日々を送っている22人を紹介する。パソコンが人々の定年後をいかに個性的に変えているかが実感できる。(表紙カバー裏より)

定年退職者という人生のベテランたちが、自分らしい生活を掘り下げていく過程で、パソコンの操作やインターネットの利用法をおぼえ、閃き、解説書にない自分なりの活用法を見いだし、これまでにない生活の道具にしているように私には思われた。と、著者が指摘していることにまったく同感だった。
パソコンは道具であるが、この道具を使って自分でも気づかなかった自分がやりたかったことに目を開かせ没頭させてくれた、ということだ。
やりたいことさえわかれば、道具としてのパソコンの活用法は自力で開発できる、ということを教えてくれた。

さいわいにも、私にもパソコンという道具がある。さて私は何をやりたいのか?、何ができるのか?
気がつけば、時間はたっぷりあるようで、ないのかも。じっくり、着実に上手にパソコンを使いこなしていきたいものだ。(5月31日(月))



「伊勢詣と江戸の旅 道中日記に見る旅の値段」(金森敦子・文春新書)

今月紹介する本は旅に関連するものが多い。今度は、昔に書かれた旅の記録を読んでわかったことを紹介する本です。

封建時代の農民・商人・職人は、土地に縛られて一生涯生まれた土地・部落から足を踏み出すことはなかった、
と思われるのが普通でしょう。しかし、伊勢詣で、熊野詣で、西国巡礼など郷土を離れての信心あるいは
病気療養を名目とする旅については大目にみられていたフシがあったらしい。
じじつ、江戸時代末期の「お蔭参り」の盛行はそれを証明している。
本書によれば、文政13年(1830年)のお蔭参りは、3月末から9月までに486万人に及んだという。
全国の人口2,952万人のうち6人に1人が出かけたことになる。
江戸時代を通じて物価は、比較的に安定した時と幕末のインフレの時代で違うとはいえ、
本書では旅のまつわるいろいろな値段が多くの旅日記から取り出され紹介されている。
一部、本書腰巻にも旅籠代200文(約1,800円)など紹介されているが、江戸庶民の経済力には驚かされるものが多い。

「伊勢参宮名所図会」などから引用されている多くの挿絵も細かく見ると、興味深いシーンも多い。 (5月26日(水))



「とことんスイス鉄道一人旅 予定なしの乗りまくりガイド」(根本幸男・光文社知恵の森文庫)

昨年9月に紹介した「スイス鉄道一人旅 行き当たりばったり路線ガイド」の続編。

読後感は前回と同じ。
お気に入りの国(スイスは全体で九州ぐらいの大きさ)を一人旅で、17日間もかけて好きな路線を自由気ままに乗り回せるなんて、夢のような体験だろうな。(5月19日(水))








「ひとり旅は楽し」(池内紀・中公新書)

ドイツ文学者にして紀行作家、池内紀が「中央公論」誌に連載した小文集。
「疲れにくい歩き方や良い宿を見つけるコツから、温泉を楽しむ秘訣、さらには土産選びのヒントまで、
達人ならではのノウハウが満載。こころの準備ができたら、さあ旅に出かけよう」(本書表紙より)

「高校2年の夏休みの列車を乗り継いでの本州一周、以来半世紀、たいていがひとり旅。スケジュールはおおまかで、特別の場合のはかは、下準備もほとんどしない。目的地はあるが、そこへ行き着くかどうかは、別の話。おのずとよきしないことが起こる。誰かに安全の保証を求めるのでもない。見聞も出会いもすべて自分の責任。自分だけのカレンダー、自分だけの場所と発見」という池内。
「海山のあいだ」(講談社エッセイ賞)をはじめ、著者の多くの紀行文を読んできた。

こうして「読書日記」をまとめてみると、いかに「ひとり旅」を本で楽しんでいるかがわかる。
「読む」と「する」とは別の話、とはいえ「あこがれ」は否定できない。いつか、大ひとり旅をしたいものだ。
その時には、本書で読んだことが少しは役に立つのだろうか。(5月12日(水))

この間、2冊の新書を読んでいるのだが読了するのに骨が折れ、中断しています。いずれ紹介しますが、すこし休みにします。



「鎌倉 感じる&わかるガイド」(岡田寿彦・関戸勇著・岩波ジュニア新書)

このホームページを立ち上げてから「花便り」の取材のために鎌倉の社寺を訪れることが多くなった。
市内の西・西南部は自転車で、東・東北部は徒歩で歩き回ることで大方の地理は頭に入った。
しかし、テーマが花であることから、歴史に関してはそれほど深くはならなかった。
今までの普通のガイドブックでは個々の社寺の説明はあっても、相互の関係を理解することはできなかった。

本書はジュニアブックの一書だが、「鎌倉ははじめてという人にわかりやすく、すでに何度も鎌倉を訪れている人には新たな角度から鎌倉を紹介する内容」になっていて、とくべつジュニア向けを謳ってはいない。
私は後者の読者にあたるのだが、「テーマでつかむ」として、「鎌倉時代のまちづくり」、「海と鎌倉」、「戦いと鎌倉」、「信仰・伝説と鎌倉」、「女性史の中の鎌倉」、「環境・景観問題と鎌倉」、というテーマで進行する鎌倉案内は、新鮮でしかもよくわかる説明だった。こうして、今まで知らなかった・気づかなかった鎌倉の側面を教えてくれて、一気に読み終えてしまった。
次に鎌倉を歩く時はこの本を携行して、その地の歴史を踏みしめかみ締め回ろうと思ったものだった。(4月14日(水))



「伊豆・小笠原弧の衝突--海から生まれた神奈川」(藤岡換太郎・有馬眞・平田大二編著・有隣新書)

箱根火山の入口・入生田にある「神奈川県立生命の星・地球博物館」をご存じですか?
私は当館に初めて行った際の、玄武岩の六角柱・枕状溶岩・ヒマラヤの大褶曲崖の切り取り標本の展示を見た時の興奮を今も忘れない。
本書は当館の研究者が長年の研究テーマとしてきた総合研究「伊豆・小笠原の研究」の成果をわかりやすくまとめたもの。

神奈川県が、太平洋プレート・フィリピン海プレート・北米プレート・ユーラシアプレートの4つのプレートが押し合いへしあい、とくにフィリピン海プレートが南から運んできた伊豆・小笠原の火山弧が次々と衝突して出来た、世界でも特異な位置・形成要員を持った地域であることは、前書「南の海からきた丹沢--プレートテクトニクスの不思議」を読んで知っていた。

本書は、その伊豆・小笠原弧がいつどのようにして形成されたか、衝突する結果で今の神奈川県の各地にどのような歪み、つまり断層・丘陵・山地・平野を造成していったか、さらに将来どのようなことが起こるのかを、教えてくれる。
当面は、県内とその周辺にある活断層・トラフがいつ活動して地震を起こすのか、が最大の関心事である。(4月12日(月))



「日本全国 ローカル線おいしい旅」(嵐山光三郎・講談社現代新書)

絶景が続く五能線、リンゴ畑を進む弘南鉄道、有明海の夕暮れに染まる島鉄。鈍行や寝台列車を乗り継いで、各地の名物料理を食べ歩いた、垂涎の鉄道紀行!」(本書表紙より)

著者・嵐山光三郎はTVではよく見かけたが、食わず嫌いでその著書はあまり読んでいなかった。本書は上記した惹記の通り、垂涎の旅行記である。以前にも書いた記憶があるが、宮脇俊三が亡くなり、堀淳一が歳を重ね、種村直樹も病後元気に飛び回ることが少なくなった昨今、ご贔屓の鉄道紀行作家の文を目にすることが少なくなり寂しい思いをしていた。この3人ではあまり登場しなかった食べ物・温泉紀行を、この著者は得意にしているようだ。

これから、食わず嫌いをやめて旧著を読み漁ってみようと思う。(4月6日(火))






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