読書日記

平成15年4月〜6月

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「スイス探訪 したたかなスイス人のしなやかな生き方」(國松孝次・角川書店)

元警察庁長官、1999年から3年間スイス大使を務めた筆者が、PR誌「本の旅人」に連載したエッセイに書き下ろしを加えたもの。
スイスをスイスたらしめているものは、建国以来堅持してきた「直接民主制とそれを根底で支える強固な共同体意識」と、「進取の気性」にあるという。この書では、スイス伝統の地域主義とビジネスをリードする国際主義の両立と調和を図ろうと苦心するスイス人の姿を実見した様が読み取れる。そして筆者の筆は、スイスの当面する課題「伝統的なシステムの良さを可能な限り残しながら、厳しい国際競争力に耐え抜く力をどうつけるか」は、まさに日本が当面する課題でもあることに言及していく。
11年前の夏、夫婦で10日間旅をした観光立国スイスの知られざる側面を実体験を通じて鋭く解説してくれた本書に感謝。
犬養道子の名著「私のスイス」(中公文庫)と合わせ読むと、数十年前と変わった面と変わらぬ面とが理解できるはずだ。 (6月24日(火))



「警視庁刑事 私の仕事と人生」(鍬本實敏・講談社文庫)

昭和23年に警視庁入庁以来、おもに捜査一課刑事・警部補として40年間、80件以上の殺人事件の捜査を手がけた名物刑事の回顧談。
刑事が主人公の推理・警察小説は数多くあるが、警視庁捜査一課の実態は実は世間には知られていない、らしい。その中では高村薫の「マークスの山」主人公の合田雄一郎が実態に近い血肉をもった人物として描かれているように思わせる。その訳は、高村が本書の巻末で明らかにしているように、この鍬本刑事の話を聞くことで、刑事世界の表面だけでなく刑事個人の心理世界を取材し尽くした結果だったらしい、と判る。
私にとって本書の真骨頂は本文もさることながら、この高村をはじめ小杉健治、出久根達郎、宮部みゆきが、著者との交流思い出話を語るところにある。文庫版のおもしろさも、ハードカバー版にはないこうした追加記事にあるのだ。 (6月9日(月))



「鉄道廃線跡の旅」(宮脇俊三・角川文庫)

「時刻表2万キロ」で衝撃的(私にとって)デビューをして以来の著者の全巻を追い求めてきたが、本書は著者最後の著作。作品ジャンルでいうと、@鉄道紀行A廃線跡紀行B歴史紀行Cミステリー、の内の廃線跡紀行にあたる。
本書は「鉄道廃線跡を歩く」シリーズ(JTBキャンブックス)七集までの巻頭エッセイをまとめたもの。本体のシリーズは瑣末な所まで入り込んでついていけなくなったのだが、本書の中の著者には明らかに肉体的老いが現れていて、気持ちに肉体がついていけなくなった悲哀を感じさせる。だが、著者一流のユーモアは衰えることなく見える。
いつか、宮脇文学を自己流で総括してみようと思っています。(5月29日(木))



「超・居酒屋入門」(太田和彦・新潮文庫)

本業のかたわら、日本各地の古い居酒屋を訪ね、いくつかの本に著している著者の「ニッポン居酒屋放浪記」シリーズ3巻の続刊。
--- 一人前の大人ならば、良い居酒屋を一目で見つけたい。
   それがはじめての店であっても、臆せず一人ではいりたい。
   そしてしばし寛いだならば、平然ときれいに帰りたい。
   そんな「居酒屋の達人」になるために、知るべきことは -- 。
自身では居酒屋愛好者ではないが、こんな余裕のあるマイタイムをもてたらなー、という気持ちがこのシリーズを読み継いでこさせたのだろう。考えてみると、全体の読書傾向が「自分ではやらないが、著者の体験を自分の代理体験として楽しんでいる」 のかな、とふと思った。このことは、またゆっくり考えてみよう。(5月19日(月))



「消えた街道・鉄道を歩く 地図の旅」(堀淳一・講談社+α新書)

1972年、「地図の楽しみ」(日本エッセイストクラブ賞受賞)以来、地形図と旧道・廃線路・産業遺構などを歩く旅をテーマに著述を重ねる著者の本を愛読してきた。
76歳のはずだが相変わらず全国を旅している著者の元気に脱帽。(5月1日(木))






「宮脇俊三さんを悼む」(阿川弘之・「中央公論5月号」)

中央公論社の名編集者であった、後年鉄道紀行作家として名を馳せた宮脇俊三の手によって、
これも鉄道紀行作家となった著者の、北杜夫、吉行淳之介もからむ思い出話。(4月30日(水))



「塀の内外 喰いしんぼ右往左往」(安部譲二・講談社+α新書)

1986年、「塀の中の懲りない面々」で衝撃的デビューをして以来の愛読者。
得意の食べ物談義を展開している本書の中で光っているのはやはり塀の中の話。
「65歳になった日本人の僕は、心遣いのある愛がチラリとでも感じられるものでなければ、
それがどんなに貴重で高価なものでも喜んでは食べなく」なったのは「間違いなく少数派です」と
主張しているのは、貧しくない戦後を過ごした「少数派」だからだろう。(4月25日(日))



「海を渡ったモンゴロイド」(後藤明・講談社選書メチエ)

 「海人」としてのモンゴロイドの「渡海」によりポリネシア人の系譜・文化の形成がなされたこと、
それはさらに、日本民 族の形成、日本語の形成にまでつながっている、という雄大な構想・理論と実証の展開に、
大きな知的興奮を覚えさせずにおかない。ひさしぶりに「本を読んだ」という気になった。 (4月3日(木)←4/2)


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